宇宙に「ありえない」は通用しない──NGTS-1 bが教えてくれたこと
夜空を見上げたことがある人なら、一度は「この先に何があるのか」と想像したことがあるのではないでしょうか。満天の星が散りばめられたその空の向こうには、私たちの想像をはるかに超える世界が広がっています。今回は、そんな広大な宇宙の中でも特に“ありえない”とされていた存在──NGTS-1 bという惑星について、科学の視点とロマンの両面から掘り下げていきます。
NGTS-1 bは2017年、南米チリのパラナル天文台に設置された「次世代トランジットサーベイ(NGTS)」という観測システムによって発見されました。その名前にピンと来ない方も多いかもしれませんが、天文学界ではかなりの話題を呼んだ惑星です。
なぜか。それは、この惑星が“宇宙の常識”をひっくり返す存在だったからです。
NGTS-1 bは、地球から約730光年離れた「はと座」の方向にあるM型赤色矮星──つまり、太陽よりもずっと小さくて暗い星──の周りを回っている巨大ガス惑星です。木星より少し大きい半径を持ち、質量は木星の約8割。ただし、その軌道は中心星の至近距離。公転周期はわずか2.6日。つまり、たった数日で一年を迎えてしまうほど、星に張りつくように回っているのです。
そしてここが肝心な点なのですが、このような小さな星のまわりに、これほどの巨大なガス惑星が存在するというのは、これまでの惑星形成理論では「ありえない」とされてきました。
なぜかというと、巨大ガス惑星というのは、大量のガスや塵を材料として形成される必要があります。しかし、M型矮星のような小さく暗い星の周囲には、そもそもその材料が十分に存在しないと考えられてきたのです。
それなのに、NGTS-1 bはまさにその「理論の例外」として発見されてしまった。
これは天文学界にとって、まるで「砂漠のど真ん中で熱帯雨林を見つけた」ような衝撃だったのです。
この惑星の存在を捉えたのが、NGTSという観測プロジェクト。口径20cmという比較的小型の望遠鏡を12台も使い、空を隅々までスキャンするようにして系外惑星を探しているのですが、その精度は驚くほど高く、NGTS-1 bのような、わずかな星の明るさの変化を見逃さなかったのです。
その手法は「トランジット法」と呼ばれ、惑星が恒星の前を通過する際に起きる微細な明るさの減少を利用して惑星を検出する方法です。ただし、今回は中心星自体が非常に暗く、しかも小さいため、通常の観測では難易度が極めて高かった。成功の裏には、長期間の粘り強い観測と、卓越した技術力がありました。
研究チームはさらに、中心星の「視線速度変化」も測定しました。これは、惑星の重力によってわずかに揺れ動く恒星の動きを捉える方法で、惑星の質量や軌道の詳細なデータを割り出す鍵となります。
このようにして得られたNGTS-1 bの存在は、まさに「モンスター級」の発見。
それを象徴するように、研究チームの一員であるDaniel Bayliss氏は「全てが驚きだった」と率直に語っています。こういう瞬間こそ、科学者にとって最大の喜びなのかもしれませんね。自分たちが当たり前と思っていたことが崩され、新たな可能性の扉が開かれる──その瞬間の高揚感たるや、言葉では言い表せないのでしょう。
NGTS-1 bのような発見は、私たちの宇宙観そのものに揺さぶりをかけます。
宇宙は決して“整った世界”ではありません。そこには例外だらけの現象が渦巻き、理論や予想が追いつかないような出来事が次々に起こります。今回の発見は、そのことを改めて教えてくれます。
また、私たちが注目すべきなのは、NGTS-1 bのような惑星が発見されたことで、赤色矮星の周囲にもっと多くの惑星系が隠れているかもしれない、という新たな可能性が示された点です。
赤色矮星は、実は天の川銀河に存在する恒星の約70%を占めています。つまり、私たちの銀河に存在する星の大多数が、NGTS-1のような小さくて地味な星たち。これまで“観測が難しい”という理由であまり注目されてこなかった彼らの周りに、予想外の巨大惑星が潜んでいるとしたら──それは系外惑星探査において、まさに未踏のフロンティアが広がっているということなのです。
実際、こうした「ホットジュピター」と呼ばれる恒星に極めて近い軌道を持つ巨大ガス惑星は、どのようにその位置にたどり着いたのか、いまだに明確な答えが出ていません。
「軌道マイグレーション」と呼ばれる理論がありますが、それがどのタイミングで起きたのか、何がきっかけだったのか、さまざまな仮説が飛び交うばかりで、未解明な部分が多いのです。
科学の世界というのは、意外と“わかっていないこと”の方が多い。けれど、その「わからなさ」にこそ、ロマンが宿るのです。
NGTS-1 bとその中心星を描いた想像図を見たことがありますか? 巨大なガス惑星が、小さな星のすぐ近くをダイナミックに周回しているその姿は、まるでアート作品のようです。ウォーリック大学のMark Garlick氏が手がけたそのビジュアルは、科学と芸術が美しく融合した一枚として、天文ファンの心をとらえています。
このように、NGTS-1 bの発見は単なる“観測データ”ではありません。そこには、理論への挑戦、技術の進歩、人類の知的探求心、そして想像力のすべてが詰まっているのです。
さて、この記事を読んでくれているあなたに、少しだけ問いかけたい。
私たちが「常識」や「ありえない」と思っていることの中に、実はまだ気づいていない可能性が眠っているとしたら?
空を見上げる時間があったら、ぜひその問いについて考えてみてください。NGTS-1 bのように、予想もしなかった“何か”が、きっとあなたのすぐそばにあるはずです。
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